プロダクトークアウト!月亭太遊×神野龍一×オノマトペ大臣#2

今月、別府で行われる「ベップ・アート・マンス」に一日一つの新ネタを一ヶ月連続で挑むという「ネオオラクゴ・ストラグル」に挑戦する月亭太遊氏を応援する一環として、今年2月に行ったトークイベント「プロダクトークアウト!」の様子を3回に分けてアップします。今回は第2回、ネットでバズらせるには?や他のカルチャーとの関わり方などの話をしています。

第一回はこちら

月 これは難しい話になってくるかもしれませんけど、落語家ってすごくその上下関係が厳しいから空気読んで言わへんとこっていう人も多くて、腹では思ってるんですけど、まあ言わへんのですよ。それを言い出すとどうしても根性論を言い出す人が出てきて、「そんなもんお前関係あらへんがな、おもろかったらええやろがい」って言う人がどうしても出てくると思うんですけど、そんなことないじゃないですか。こうやってやっていくんだっていうことを語る人が一切いいひんので、それも大きいかもしれないですね。若手に勢いがないっていうのは。

オ そういうのにそ沿ってったほうがご飯が食べやすいとかそういうことも…

月 その通りなんですよ。みんながわざわざ言わへんのは飯が食えるからなんですよ。というと、まあ、波風立てることになるし、言わんとこってなるから、選んでるんです。

 僕は新作落語を自分の責任で披露するっていう段階にいくまでですよ、ネタつくって売れる、評価されるっていうところからみんなするはずですけど、落語業界ではスタートラインがそれよりずっと前にあるなと。先輩方に呼ばれて、地域寄席いっておいちゃんおばちゃんの前でやるとか、落語会っていう落語ファンしか来ないようなところでやるしかないので、新作を選ぶのはリスクがすごくでかくて。だって、先輩に呼ばれて、一番手に自分が出るときにわけわからんさっきのドリフのネタみたいなもんぜったいやらないじゃないですか。お金はその先輩にもらって帰るわけじゃないですか。めちゃくちゃ世話になってるわけやし、無茶できひん。僕もそうやって呼ばれたときは古典落語をやってたし、これはどうしても新作を出来ひんぞと、構造的に。だったらそこから全力で逃げるしかないやないかと思って、まず住みます芸人という吉本のプロジェクトを伝って大阪か京都に行くっていうのを選んだんですよ。そしたら京都はそうした文化的なレベルも高いし学生演劇もあるからきっとわかってくれるんじゃないか。

まあ古典をやりつつとか、半分半分でやるのが正直理想ではあるんですけど。実はこういう古典もできるやんけというふうに思われた方が落語家としても箔が上がっていくし。100%新作落語家になる必要ってあんまりないんですけど、あえてそれしかやらない。で、週一の錦湯でも意識的に危ないボケを入れたりとか、おっちゃんが喜ばないだろうことをどんどんネタのなかに入れていったんですよ。その結果やっとなんとなく、自分で表現できるメディアに自分がなったなってやっと思ったんですよね。でもこれはライヴでしか使えないメディアですから

ツイッターとかがもっと上手ければいいなと思うんですけど、僕下手糞で。ツイッターでおもろいことを書くのが。なんか違うじゃないですか。

オ ツイッター芸っていうのがありますからね。

月 神野さんのツイートを見てるとめっちゃおもしろいなと思って。おもしろいけど、「あれぇ、なんでこれ何万RTとかいかへんの」って思うことが多くて。いっても何百とかで止まるから。これは……人格なんかなって。(会場笑)

神 あれは人格です(はっきり)。人格というか、もっとバズる方法とかはもちろんあります。すごく簡単に言うと……ツイッターでバズる方法を教えましょうか?笑 内容、というか外面にブレがない方がいいんですよ。同じことを何回も同じ風に言ったほうがぜんぜんいい。日常のなかのツイートとネタツイートと社会問題になにかをいうツイートというのがあれば、全部をやっちゃだめです。それだったら分けたほうがいい。で分けて、そればっか言ってる人、みたいに分けた方がツイッターはバズります。ノイズ部分はSNS見てる人は見たくないので。その人を見たらこれがわかるというふうになったほうがいい。例えば、問題を色んな角度で見るよりは、違う問題を同じパターンで語ったほうがバズるんです。そうすると「こういう話をしてる人」という顔になる。そのほうがフォロワーは安心するんで。そしたら日常の話はしないほうがいい。

月 ぼくもついさっきミスドにいてエンヤがかかってるって書いてしまいましたよ。(会場笑)だってエンヤがかかってるって伝えたいじゃないですか! エンヤやで! って。笑 ほんまやったらミスドにおる人にいいたいですもん。エンヤ懐かしいっすよね。エンヤですよ! って。

神 落語家なら落語について話せばいいし、自分の哲学を真面目に語ったり、世の中をいじるみたいな世間の落語家のイメージをなぞった一面的なキャラクターになったほうがSNSではバズります。

月 落語ファンをひきこむというのと近いかもしれないですね。古典落語やってるとか、難しいネタに挑戦とか言う方がお客さんの動員が間違いなく見込めるんで。神野さんじゃあバズるツイッターアカウントになってくださいよ。

神 いや、今はツイッターでバズることと現実になにかが起こることってほんとになにも関係がないんですよ。それを今回は本当に話したくて。おふたりと話したいというか。こないだ新聞に載って「やったー!」と思ったんですけど、たしかに雑誌が売れたりおいてくれる店が増えたりっていうリアクションはありつつも、自分はふつうに次の日も仕事に行ってるわけですよ。それこそ大臣とかはUNITの満員の客の前でライヴをしたあとに、普通に次の日に会社に行って営業周りとかしているわけですよね。そういうときって凄いストレスとか感じません?

 

オ いや、それはありますよ、UNITでわ~ってなってたらもう帰って寝れないじゃないですか。それで次の日仕事いったら接待でね。「まあまあまあ」とかやってるとそれは自我のバランスが崩れますよ。ただ、僕の場合は言ってることも会社員っぽいことを歌のなかに織り込んじゃってるんで、なるべく人格がばらけないように意識してるところがありますね。

神 会社で「大臣ラップしてるんだって? こないだ初めて聞いたよ」みたいなことってあります?

オ 社内でも僕のこと知ってる人はいますけど。でも別になんにも。

神 それこそ太遊さんも去年の大きい出来事としてはウェブCMとかに出演されてましたけど。まあ、僕が仕掛け人なんですけど。笑(会場笑)

月 それこそツイッターでね、ネタを作ってるなかでラップのネタをやってみようじゃないかということでフリースタイルをネタ中に入れるっていうのをやったときに、動画を撮っててくれて、それをツイートしてくれたらそれをラッパーとか音楽関係の人が結構評価してくれて、で、そのKOPERUさんというラッパーの方がすごい食いついてくれて、そっから知り合いになって~というつながりでどん兵衛のCMにつながったんですけれど。

オ かなりセンセーショナルでしたもんねぇ。

月 ウェブっていうのとテレビCMとの乖離もあるんだなあと。あのCMって世間的な目で評判になったわけじゃなくて、音楽好きの人があれいい曲やんみたいな感じで評価して。それでよかったんですかね、狙い通りだったのか。

神 もうちょっと広まるべきだったんじゃないですか。

月 フリースタイルダンジョンっていう一番流行ってる番組にのっかってっていう狙いはあったと思うんですよ。神野さんはどれくらい予想してたんですか。動画をあげることで反応があるとか……

神 けっこう意識してました。ほんとに、前の週にラップ落語をしますという話をしたときに、「あ、これはいける」っていうのは凄い思いました。それを思ったのと同時に、これを演る人っていうのはこれから芸人さんでもタレントさん、アイドルでも絶対出てくるだろうなというのはあったんですよ。で、、これは一番最初に載せるべきだと思って。正直、一部には叩かれるだろうなとももちろんわかってはいたんです。芸人がいっちょかみしやがってみたいな。それはあったんですけど、ほんとになんでもいっちょかみしたがる人が演る前に、きちんとリスペクトがある人にやってほしいなと思っていたので、それは考えましたね。そのときに後からやってくる、シーンへのリスペクトもないいっちょかみの人を出すんだったら太遊さんになってほしい、っていうことがあったので次の週やるんだったらぜひ載せましょうということで、許可をとってやったんですよね。で、フリースタイルダンジョンが放送された直後は日本語ラップで検索する人が増えるからそこで、と思ってタイミング的にもすごくよくて、舞台に出たりとか、ラッパーと共演したりとかのコネクションにもつながったのでよかったなって。

オ それこそそこでなんとツイートするのかが大事ですよね。ラップだ、落語だ、とか……

月 実際出てきましたもんね、いっちょかみだなんだの。

神 澄川流と名乗ってる人たちですね

月 ぼくはあくまでネタをつくるというサイクルのなかでラップをテーマにさせてもらったという意識だったんですし、「YO YO」とは言わへんわけじゃないですか。でも実際言う人が出てきたわけですよね。それは素人落語の方で。サイゾーでしたっけ。僕は一応プロでやってますけどその人といっしょくたにされてしまって。サイゾーの人はプロやと勘違いして素人の人も同じように並べてはったから。こっちは値打ちないなあという感じだし向こうはラッキーっていう感じでしょうし。


オ いっしょにされたくないっていう気持ちはありますよね。そこの瓶に入れられたらおれまで……

神 自分もレビューとかを書いたりするとき、「こいつのこと嫌いだから、こいつが語ってるコレも嫌い」みたいになってしまうのだけは嫌だなあ、と思ったりします。

神 新作落語を他の方がやられて、っていうことってでも。ちなみに、新作の著作権ってどういうふうになってるんですか、っていうのは…… JASRAC問題。

月 僕の世代の人でも文枝師匠以外でも面白い新作落語をつくってる方っていうのはおられるんですよ。それを落研の人とか素人落語の人がこっそりやってるんですよ。同業者はさすがにないけど。しかもそこでは自分がつくったみたいな言い方する人もいるんですよ。プロのネタに挑戦しましたって言って誰々が作ったって言えばいいのに、自分がさもつくりましたっていうように利用される。そこでは正直お金も発生してないし、ただ本人が面白いと思われるという評価だけがあるんですけれど、そこにお金を発生させるのかというのもあるし、まずさっきの口承伝承にも近いところも落語にはあるので、誰が言った、誰があかんとか、でこんだけお金が発生した、メディアにのったから何秒間でお金が、みたいな換算の仕方が難しいっていうのもあるし。そういうゆるやかな表現なんで落語っていうのが。というのは、古典落語の継承のやり方にもとづいていると思うんですけれど、僕が時うどんというネタを覚えに行きたいと思ったら、その人に手土産を持って教えてくださいと言って、教えてもらうんです。金銭はここで発生してなくて。お金を払えば教えてくれるというわけではなく、師匠が教えてくれるというんやったら教えていただけると。師弟の手土産で。というのがあるので、新作落語も同じ考え方でやってると思いますね。古典もそもそもは新作落語だったとはよく言うことやと思いますけど。それでお金とかでは…

神 逆に言うと、新作落語を人にやってもらうことによって、もしかしたら「たまげほう」が将来古典落語になる可能性もある。

月 それはまあ何回もやってもらわないとそうはならないので。ある程度はやってくださいと言ってるんですけどね。でも落語会のなかの評価でいったらもう広がりようがないなと思ってるし、音楽ってネット上にもあるし家にいても楽しめるっていうのがあるからそこはうらやましいと思いますね。

オ でも音楽もそのパワーがだいぶ薄れてると思うですよね。今、大阪の堀江とかの服屋にはカフェがいっぱいあるんですよ。昔はあそこにCD売ってたんですよ。音楽とCDって近接関係がすごかったのに、いま若いおしゃれな人はカフェなんだと。それがとって変わられたなって痛感したんですけど。

神 いまはCD屋がカフェだしたりしてますしね

月 それってありますねえ。そもそも服屋さんなんですね。で、CDとか雑貨売るところがカフェになってるって。自分が出来上がってるという意識が強いのかもしれないですね。自己発信したい、自分が喋りたいとなると、インプットよりも――CD聴くよりも、カフェ。カフェにいって喋るとか。

オ ああ、そうかもしれませんね。

神 凄いSNS的というか。繋がってることの方が大事っていう。

 

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