四天王以降の上方落語2:桂雀太

桂米朝笑福亭松鶴、5代目桂文枝、3代目桂春団治の戦後の上方落語を支えた「四天王」が世を去ってからはや数年。念願であった寄席小屋「天満天神繁昌亭」も十年をかぞえ、神戸に2号館である喜楽館も開いたが、コロナ禍により上方落語は新たな問題に直面している。そんな中で、これからの上方落語を率いていく才能を取り上げていくシリーズ、第二回

 

桂雀太

 

かつて、関西に爆笑王と言われた落語家がいた。

桂枝雀。元々は師匠である桂米朝譲りの端正なスタイルであったところから次第にオーバーなアクションをするようになり、会場にとどまらずテレビでさえ爆笑に次ぐ爆笑で沸かせた大名人であった。

また氏の発見した笑いに関する「緊張と緩和」理論は広く知られており、落語にとどまらない広い「お笑い」のメソッドとして語られる事が多いのは、氏に特別なリスペクトを捧げる人物に、ダウンタウン松本人志さん(本人がネットでの呼び捨てを嫌うため、敬称をつけております)がいるからであろう。

松本さん(本人の意向以下略)への枝雀の影響は、そういった理論にとどまらず、スタイルにも影響を与えている。一つ例を出そう。

枝雀の有名な言い回しの一つに「おひさんが『カーッ!』」というのがある。この際、枝雀は「おひさんが…」といった後に腕でポーズをとり、自分の禿頭を客席に向けた後に、「カーッ!」ということで観客を笑わせる。この言い放つまでの「溜め」とそこからの「発散」こそが「緊張と緩和」の最もわかりやすい例だろう。

 

松本人志さんもこのスタイルを引き継いでいる。松本さんがバラエティのトークなどでいう「えええええ〜ッ」という言い回しを思い出してもらいたい。その際、氏は必ず先に体を傾け、表情を作ってからこの言葉を発している。ここの、先に表情をつくる「溜め」は枝雀のものよりは少くなっているが、それは落語とバラエティの速度の違いなのだろう。さらに言うと、二人の影響を受けている千原ジュニアが「ほんでぇ、ダーッと」というような言い回しをする際、この溜めはさらに軽くなっており、氏は手を上下させなら話すのだが、そのテンポ自体は崩れない程度の溜めになっており、ブルースとロカビリーくらいのリズムの変化になっている。その次の世代の宮川大輔に至ってはもはや溜めは存在せず、言い放つ言葉の勢いのみである。

 

そのような現代のテレビバラエティまで敷衍している「緊張と緩和」という方法論を最も大々的に使い、必ず会場を爆笑の渦に巻き込んでいた枝雀の代表的な演目といえば「代書」であることに口を挟む人はほとんどいないだろう。まだ字の読み書きができない人がそれなりにいた時代、手続き書類を代行する仕事をしていた「代書」を舞台に、履歴書を書いてもらいにきた男が次々に言うとんでもない言葉とそれに対する代書屋の事務的な静かな対応のコントラストが爆笑を誘う枝雀の十八番である。元々は、先代米団治が代書屋をしていた経験を元に作り出した創作落語であり、氏の落語観を反映させた地の文の一切ない、会話の応酬だけで成り立っている本作を、孫弟子にあたる枝雀は爆笑話へと変えてしまった。※

地の文とはその世界を俯瞰から見る神のごとく第三者からの視点であり、「客観」の視点である。その地の文がないということは、落語の世界には言葉を発する登場人物たちの「主観」の視点しか存在しないということだ。それぞれの主観のぶつかり合いとしてドラマが進行していく、それこそが落語の一つの特色であり、だからこそ、立川談志が「主観長屋」と名付けたような、事実からは考えられないような話ができることが落語の魅力の一つだろう。

その主観の対立を、枝雀は緊張と緩和によってダイナミックに変化させる。ここで男が放つとんでもない言葉の数々を、代書屋は淡々と受け止める。当初、この男の狂気ギリギリのアホさに次第に笑ってしまうのだが、話が進むにつれ、それを淡々に受け止める代書屋の方に狂気が移っていき、その爆発(「ポン!」)によって話は破綻を迎える。会議の席でジョークを言うことを「アイスブレイク」というように、笑いには緊張を緩和させる効果がある。この話はまさに緊張の対立に耐えられなかった男が、その対立を緩和させ得る「笑う」という行為をしなかった故に壊れてしまうという話である。

 

この桂枝雀による「代書」を見たいという人も多いだろうが、残念なことがある。まず枝雀氏はすでに逝去されているということ、そして、「代書」を記録している映像があまりないということだ。また「代書」のサゲは2パターンあり、自分の好みの方である「ポン!」で終わる代書は録音でもあまりない。一番手にとり易いのは「the枝雀」に付属しているDVDでの映像だが、当時氏を見ていた人から言うと全盛期の勢いよりはいささか疲れが見えているという。それでもその映像でも爆笑間違いなしのものなのだが、自分のような生の高座に間に合ってない立場からしてみればその意見を聞き入れるしかなく、これよりも面白い高座を想像し悔しい思いをするしかない。とほほ。

しかし、我々にもその芸をリアルタイムで楽しむチャンスはある。その一つが枝雀の芸を引き継いだ弟子の演目を観るということだ。特に今、枝雀の爆笑のを引き継いでいる人物といえば、桂雀太は間違いなく筆頭だろう。初めて生の落語をみて笑いたい、という人に対して自分は必ず最初に勧めるのは必ず雀太の「代書」である。

https://www.youtube.com/watch?v=_6MJgx7MUPg&t=330s

 

枝雀の孫弟子にあたる雀太は隔世遺伝のように枝雀のスタイルを受け継いでおり、長い手足が動くオーバーなアクションは高座でよく映える。さらにその一方で大きい手手先の動きがじつは艶やかで美しく、「替わり目」などで氏の得意芸でもある酔っぱらいを演じても下品になりきらない。また、「替わり目」の途中で放たれる都々逸も絶品であり、まさに代書屋に登場する野放図な人物と静かなインテリジェンスを内包する人物であることが伝わってくる。実際氏のフットワークは軽く、ネットラジオを早い時期に始めたり、音声SNSであるクラブハウスでの落語会「紅葉寄席」の初期メンバーでもある。

氏はこの夏しばらく休養をとっていたが、今月から高座へ復帰し、前と変わらない爆笑スタイルの健在と、以前事務所を離れ独立した頃よりも自由に、更にこれからの落語界を見通す広い視野を持って行動している。まだ氏を見たことをない人は今こそ雀太を観に行くべきだし、これからの「覚醒後」の雀太の活動を注視すべきだろう。

 

次回は11月23日、NHK落語新人大賞の放送日に桂二葉について書く予定です。

※「代書」は枝雀の型もあるが、米朝から引き継いだ春団治の型である「代書屋」での書く所作の美しさにもぜひ触れていただきたい。まるでジャズ・スタンダードの「枯葉」をアップテンポに弾いたときとゆっくり弾いたときのように、同じ話の印象がここまで違うのかという違いを味わっていただきたい。